DBMからCRMへ
滋賀銀行におけるITの目的は、単なる事務の効率化にとどまらない。経営の意思決定支援や顧客サービスを強化する不可欠のサポート・ツールとすべく、1996年2月「マルチメディア委員会」を設置。そして1999年4月には独自のイントラネット「∞(夢現)ネット」を稼動させた。さらに同年12月、勘定系・情報系・収益管理などさまざまなデータを一元管理するDBM(Data Base Marketing)システムが完成。情報インフラとしてDWH(Data Ware House)を採用し、プロモーションから営業戦略、店舗業務まで、さまざまなマーケティング活動を支援する環境を整えた。
当時を振り返って、岩﨑博システム部 部長は語る。
開発の指揮をとった中島浩之 システム部 部次長 兼システム企画グループ 課長は語る。
多くの銀行のシステムはこれまで勘定系を中心に構築・運用され、情報関連の業務システムは派生的な存在だった。しかし金融ビックバン以降、金融の自由化が進むにつれて、投信、保険など銀行が提供するサービス・商品が拡大している。それにともない、多くのサブシステムが加えられていったが、情報の扱いはサブシステムごとにデータベースを持つのが一般的だった。対して今回のシステムは、中核にデータベースを置き、各サブシステムが情報を取りに来る点に特徴がある。最終的な見え方に違いはないが、内部的なシステムの迅速性、安全性は格段に上がる。さらに情報活用の面でも、今後の激化する競争を勝ち抜くためのセールスやコンサルティングの強化、さらには利用者の利便性向上という意味でも、可能性が広がる。
中島部次長 ITとは、情報を管理する技術にほかなりません。そこでまずは、情報をいかに管理していくか、蓄積する必要のある情報とは何か、という観点からデータベースを構築し、それらのデータをどのシーンでどう活用するかを考える必要がありました。そしてそれらをサポートする仕掛けとして、CRM支援システムの構築に挑戦することになったのです。
滋賀銀行におけるCRMチャネルミックス戦略
(クリックで拡大画像をご覧いただけます。)
オープン系への挑戦
システム構成としては、勘定系ホストと並列に置かれたDWHを情報系の中核とし、オープンシステムによるマルチベンダー環境で各種端末を統合。インタフェースはイントラネット環境下でのWebブラウザが採用され、顧客情報のハブとして機能させることをめざした。
今井調査役 ただしシステム構成に関して、当初は具体的なイメージがあるわけではありませんでした。そこでどんな知恵・技術があるか、CACさんにご相談し、システムはオープン系、インタフェースはWeb、というご提案をいただいたのです
システム開発の指揮を執った今井和喜 システム開発グループ 調査役はそう振り返る。
以前の滋賀銀行ではホストから各端末まで、すべてのシステム、ネットワークはF社製品で占められていた。しかし2001年から始まった営業店システムの更改に際し、F社からH社に切り替えたという経緯がある。理由は当時の髙田紘一頭取(現会長)の “複眼的、動態的”という理念だった。この方針に基づき、勘定系ベンダー=端末ベンダーという既成概念を捨てて、公平な立場で一から検討・評価した結果、端末側ベンダーはH社、システムはLinux、インタフェースはWeb、というオープン環境が選ばれ、CRM支援システムに関しては、すでにDBMで実績を積み上げていたCACが担当することになった。こうした布陣で、以降、同行のシステムは急速にオープン環境へと移行していく。
安全を第一とする銀行のシステム部では、なかなか新しいテクノロジーに挑戦しないのが通例だ。 その点、不安はなかったのだろうか。髙木長久 システム開発グループ 調査役にうかがった。
岩﨑部長 当時の金融業界では、非常に先行的な事例となりましたが、今から考えると大正解でした。オープン環境に切り替える際には、CACさんにはあくまでユーザーの立場でいろいろなアドバイスをいただき、とても頼りになりました。
なぜパッケージを選択しなかったのか?
実はCRM支援に関しては、いまでは市販のパッケージが世に存在している。しかし今回のプロジェクトでは、もともとパッケージという選択肢はなかったという。
その理由を石田鎮男 システム部 部次長にうかがった。
CRM支援だけ考えれば、個別最適としてパッケージという選択もあったかもしれない。しかし全体最適を考えれば、どうしても手作りになった。 たしかに現在ではすでにいくつかのCRMパッケージが登場している。後発ゆえ、見た目のデザインなどは美しく仕上がっている。しかし、必ずしも現場の実情に即している、とはいいがたい。
こうして以前からDBMの開発で実績と信頼を築いたCACに白羽の矢が立ち、滋賀銀行におけるCRM支援開発プロジェクトは本格的なスタートを切ったのである。
プロジェクトチーム発足
開発に先立ち、まずは各部門の代表メンバーによるプロジェクトチームが編成された。彼ら彼女たちからニーズを集め、同時に各々の現場、とくに店頭に頻繁に足を運び、テラーの女性たちの意見・要望を聞きながら、まずは画面イメージを作っていった。
当時を振り返って、今井和喜 システム開発グループ 調査役は語る。
それらの要望が固まった段階で、CACは、基本設計のフェーズを進め、さらに現実的に実装できる機能を集約。目玉のポータル機能をはじめ、勘定系画面にビルドインされた小窓画面への顧客属性シンボル表示や投信業務フロー機能など、ほぼ当初の目的どおりの機能を盛り込んでいった。
ものづくりをきわめる
一般的に、要件定義の段階でのクライアントとベンダーの役割分担は二つのタイプに分けられる、といわれる。ひとつはシステム仕様をクライアントが決定し、システム会社はその実現に力を注ぐタイプ。もうひとつが、クライアントとシステム会社がともに考え、検証し、要件を固めていくタイプだ。 クライアントが要件を決め、ベンダーは設計と実装に専念する。このように役割を割り切ると、実装面で迷走してしまうということがままある。逆にクライアント側が実装やレスポンスなどをイメージして要件定義や概要設計実施し、同時にベンダーも詳細設計以前の全体像を固める段階から関わると、開発作業や移行もスムーズに進むことが多い。
今回のプロジェクトはまさに後者のタイプ、両者の協業によって進められていった。
今井調査役 『こうしたい』という段階から、CACさんにはさまざまなアイデアやアドバイスをいただきました。普段の雑談のなかでも、極力、銀行の業務がどのようなものか話をするようにしましたし、一緒にやれるところはやろうという考え方で進めました。
もちろん、こうした協業スタイルの場合、責任を明確にしないと、お互いに甘えてしまうという危険がある。しかし今回のプロジェクトでは、双方で緊張感を持ちつつ、必要な情報を共有することができた。その最大の理由は、CACによる本システムに対する徹底した業務理解の姿勢だったという。
中島部次長 CACさんはこちらの目的を理解して、寄り沿ってくれました。要件定義は、お互いがWin-Winの関係にならなあかんと思います。良好な人間関係のもと、お互いが目的をひとつにできたゆえの成果といえるでしょう。CACの現場SEの方たちには、そこまでやるのかと会社から叱られるほどがんばってもらいました(笑)
滋賀銀行からは今回のCRMに関する基本的な考え方から、こまごまとした業務フロー、さらには具体的な実装イメージまで、参考になる情報や知識・ノウハウがCACに惜しみなく提供されていったのである。 今井調査役も自分たちのこだわりを意識している。
今井調査役 実際にプログラムを書くことはできませんが、こういう流れでデータベースに問い合わせをして、返って来たデータをサーバーでこう加工し、画面としてこう表示される、そんな実装をイメージできないと要件定義や概要設計はできません。そのためにも、CACの人には根掘り葉掘りいろいろなことを聞きました。
そもそも滋賀銀行のシステム部には、現場やものづくりを大事にするという文化があるという。考えるだけ、企画だけ、ではなく、ソースまで見てしまおうというこだわりの文化だ。
そんな雰囲気を外から眺めて、CACの木立は、こんな感想を抱いている。
予想されたトラブル
銀行としてはじめてのオープンシステム構築には、当然トラブルもあった。最大の要因は、やはりマルチベンダー環境に起因する。
一例をあげよう。プロジェクト終盤、開発環境から本番に移行した際に、原因不明でパフォーマンスが著しく低下したことがあった。SQLチューニングなど試行錯誤を繰り返し、最終的にJava Appletの記述の変更によって解決。リリース間近で一時は騒然となったが、短期間の対処で事なきを得た。 そのときの苦労を、石田部次長はこう振り返る。
石田部次長 マルチベンダーやオープン系とはもともとそういうものだと思うのですが、OS、ミドルウェア、アプリケーション、ネットワーク、さまざまな組み合わせ、パターンがあるなかで、どこも100%の保証はしてくれません。その都度解決していただき、CACさんには非常にご苦労をかけました。
CACは日ごろからさまざまなベンダーの技術や製品に触れている。勢い経験も豊富で、いざというときの勘も働く。まさに独立系ゆえの特色といえよう。多くのベンダーの問合先からたらい回しにされた問題が、最後にCACに寄せられることも多い。こうしてオープン化時代の貴重なノウハウが、CACに蓄積されていったのである。
端末側での創意工夫
銀行の店頭業務は、まさにお客さまとの相対。仕事の大半は事務作業だが、しかしそれだけに追われていては、肝心の顧客応対が疎かになってしまう。事務仕事をいかに効率的にさばき、いかに顧客に満足してもらうか、さらには収益につながる店頭セールスを展開できるか、それが今回のCRM支援システムのもうひとつの要となった。
開発にあたっては、まずは端末の画面に何を表示させるか、そのアイデアが求められた。
中島部次長 店頭はとても忙しいので、お客様の情報を一から深く聞くことができません。勘定処理の一連の流れのなかで作業を増やすことなく、適切な顧客情報をテラーに見せることで、一言違うワンポイントセールスをかけたい。それが顧客との信頼関係を増し、次のセールスにつながるからです。
銀行内勘定系ホストにある顧客データはもちろん、外部の投資信託履歴データ等、多くの情報がいったんはDWHに集約され る。それらのデータを一括し、現場のテラー端末にどう表示させるか。女性テラーはもちろん、かつての業務経験者からも意見を集め、どのデータをどう加工したら、目的通り表示できるか、アイデアと技術面でさまざまな検討が加えられた。
たとえばポートフォリオのシミュレーションを表示したい場合、どのようなルールベース・エンジンを使えばいいのか。分配金は%で表示したい、しかし最後の詰めはお客さまとテラーが話し合い、手入力で検討できる余地を残したい。その結果は円グラフで示したい、といったようなことだ。
中島部次長 サンプルそのものはこちらでつくることもありましたし、イメージだけ伝えてCACさんにつくってもらったり、何度も試行錯誤を繰り返しました。
こうした要請に応えて、CACは勘定系ホストから顧客情報を拾い出し、情報系サーバーと連携させることで、端末側でのさまざまな表示機能をJavaのServlet、Appletにより実装させていった。
苦労の末生まれた画期的機能の数々
では作り手から見て、今回のシステムの苦労どころ、勘どころはどこだったのだろうか。
プロジェクトの第一線で開発に取り組んできたSEの一人、山内は述懐する。
そこで東京のCAC本社のJava開発およびフレームワークのベテランアーキテクトと、滋賀銀行常駐の若手SEを集めて何度も勉強会を実施した。
そしてもう一つの障壁が、シングルサインオン機能だった。 端末画面には、勘定系画面と、その画面にビルドインされたCRM支援の小窓(顧客属性シンボル)が表示され、そのシンボルをクリックすることにより、各画面がポップアップ表示される。 通常は勘定系画面とCRM支援という二段階のアクセス(ログオン認証)が求められるのだが、使い勝手を重視して、シングルサインオン機能の実現がはかられた。しかし採用したI社ポータルサーバーのクラスタ構成環境では、当初想定していた認証方式が動作せず、作り込みによる特例的な方式を実装することでこれに対応した。
CAC 山内 開発元のI社にも事例がないため、何度問い合わせをしても有効な解決策は得られませんでした。結局は自分たちが手探りで機能を組み立て、パッチを当てて対応し、約半年間を費やして最終的に実装することができました。
ユーザーインタフェースにはWebブラウザが採用された。これも今回のCRM支援システムのもう一つの特徴だったと、岩﨑部長は強調する。
岩﨑部長 銀行の勘定系システムには、非常に複雑で高度なロジックが投入されています。しかし情報の加工を含め、EUCの機能はほとんど進化していませんでした。一方で最近のユーザーはWebに慣れていて、エクセルやアクセスを使いこなせる人も増えています。世の中のリテラシーが上がっているので、そうした流れに対応するためにも、Webの採用は不可欠でした。
こうして2004年4月、イントラネット内でLinux上による勘定系連携、Webアプリケーションという、当時の金融界では画期的といえる金融CRM支援システムが完成したのである。
より進化した金融サービスが実現
CRM支援システム本稼動後の、現場での評価はどうか。
導入時、行内ユーザーの矢面に立った中島部次長が振り返る。
中島部次長 システムは空気のようなもので、特に便利に使い始めると、人はすぐ慣れてしまって、ありがたみがなくなるようです。あるとき投信のシステム障害が発生したことがあって、現場から『止まったら困る』と怒鳴り込まれたことがありました。内心『いっぺんも便利になったと言うてへんやないか』とも思いましたが(笑)。それでも、今回のシステムが定着し便利に使われているという実感を得ることができました。
実際の使い勝手を、当時テラーとして店頭に立っていたシステム開発グループ 芦田久美子様にうかがった。
とくに若いテラーにとって、今やこのシステムがなければ仕事にならないほどだという。
CRM端末の画面。お客様の属性情報がシンボルによりわかりやすく表示されている。
(クリックで拡大画像をご覧いただけます。)
銀行の窓口には、ハイカウンターとローカウンターがある。相談業務に対応するのがローカウンターだが、つねにテラーが待機しているわけではない。限られた人数でもあるため、通常は事務をさばき、お客様がご相談に来店された際に、きめ細かいセールスやコンサルティングを実施する。このため、その都度に異なる担当者、異なる端末になることも多い。そんなときでも、いつも共通の顧客情報をCRM端末で蓄積・提供することができる。より効率的で進化した金融サービス、その業務プロセスが、今回のCRM支援システムで実現したのである。
CRMがフロントのインフラになる日
現在でも、改善や機能追加は継続的に行われている。直近の改善項目、機能追加としては、業務ナビゲーション、インターネットやコールセンターから利用できる商談予約、来店予約、窓口混雑状況把握などが検討されているという。
中島部次長 お客さま対応だけではなく、業務モニタリングやコンプライアンスチェックなどの業務を支援する機能に対する要望があがっています。ニーズを対話型のWebシステムで解決することで、営業店の業務の全体支援することをめざしています。
機能追加のなかで、とくに重要視されているのが、金商法対応、オペリスク対策、個人情報保護関連などの機能だ。しかも、
今井調査役 単なる制度対応に終わるのではなく、制度改正をシステム改善の一環としてとらえ、マーケティングやサービス、セールスの強化に連動して考えていきたい。
と今後の抱負を語る。
さらに預り資産のポートフォリオ閲覧など、顧客が外部のインターネットから利用できる機能へと、利用者の要望は広がりつつある。
中島部次長 店舗やお客様から見れば、勘定系も情報系もひとつのシステムです。すべてが一体化しつつある。インターネットへの対応は、今後さらに強化・拡大していく計画です。
制度改革の裏には、いつも「利用者のため」という大原則がある。インターネットの活用という意味も含めて、今回のCRM支援システムは、営業支援基盤、ひいてはフロントエンドにおける全行的なプラットフォームとして、その重要性を増していくことは間違いないだろう。
最後に…今後への期待
当初、顧客の情報を表示する機能が中心だったCRMも、最近のリスク管理や制度改革対応が求められるにつれ、要件定義も難しくなっている。 滋賀銀行の今年のテーマは「前進」。そして心構えは「夢の確信」。 夢とは何なのか、CACはその夢の実現に、どう貢献できるか。岩﨑部長と石田部次長にうかがった。
岩﨑部長 夢とは、自分たちの立場でいえば、いま何が求められているのか、そのために次のシステムで何を実現すべきなのか、それを明らかにしていくことです、革新の気概をもって核心をついた議論をして夢に確信を持った決断をしていきたい。CACさんには当行システムの将来を見据えたご提案をいただければと期待しています
石田部次長 私たちは業務とシステムの仲立ちとして全体を見渡しながら、企画・立案していかなければなりません。負荷がとても高くなっているので、技術だけでなく業務まわりでも、CACさんには提案含みでいろいろとお願いしていきたいと思っています。
最後に、岩﨑部長に地域に密着する金融機関として、今後強化したいポイントをうかがった。
石田部次長 すべてはお客様のニーズがあっての話です。それにどう応えていくか、という観点と、規制面での対応の両面が大事であり、両立が難しいところでもあります。便利で安全なシステム、それこそ銀行にとっては重要です。多くの機能を搭載し、それを使い切ることで地域密着ができる。お客様の役に立つことのできるシステムにする使命があるのです。私たちで実証していかなくてはなりませんが、そのためにも、今後ともCACさんには大いに力を発揮していただきたい。
CAC 木立 とても身の引き締まる思いです。今後とも付加価値の高いシステムをご提供できるよう、お知恵をお借りしながら、全力で邁進していく所存です。
最近、IT部門やシステム開発に関して、根本的な見直しが叫ばれている。その実現に向け、金融SIerとしてのCAC、および個々のエンジニアリングスタッフに寄せられる期待と責任、そして達成すべき役割は、今後もますます高まっていくことだろう。