「みちびき×ブロックチェーンを用いた配達員保険システム」の実証実験

CACは、準天頂衛星システム「みちびき」の位置情報とブロックチェーン技術を活用した配達員保険システムの実証実験を2021年9月から2022年3月にかけて実施しました。
こちらでは、本実証実験に至る背景や実験の内容、そして実験の結果についてレポートします。

「みちびき」を利用した実証事業公募

「みちびき」は、準天頂軌道の衛星が主体となって構成されている日本独自の衛星測位システムです。衛星測位システムとは、衛星が出す電波によって位置情報を計算するシステムで、米国のGPSが良く知られています。日本の真上あたりを飛ぶ「みちびき」は日本版GPSとも言われ、サブメータ級測位補強サービス(SLAS)やセンチメータ級測位補強サービス(CLAS)など、高精度で安定した衛星測位サービスが特徴です。

この「みちびき」の利用促進と市場の拡大、新たな分野での活用のため、内閣府と準天頂衛星システムサービス株式会社では、2018年から毎年「みちびき」を利用した実証事業の公募を行っています。

みちびきWebサイト「みちびきを利用した実証事業」のページ
みちびきWebサイト「みちびきを利用した実証事業」のページ

CACは2021年度の公募に「みちびき×ブロックチェーンを用いた配達員保険システム」を提案し、採択されました。これは、みちびき実証事業においてブロックチェーン技術を用いた初めての事例となりました。

みちびきを利用した実証事業Webサイト:2021年度[流通]分野事例「みちびき×ブロックチェーンを用いた配達員保険システム」

提案の背景とシステムの構想

CACが本システムを提案した背景には、フードデリバリーサービスの配達員による危険運転の多発という社会問題があります。

近年、フードデリバリーサービスの利用は大きく拡大しましたが、配達員による危険運転に関する報道を目にする機会も増えました。警視庁が発表している自転車事故の推移によれば、自転車関与率は年々増加を続けており、この背景には配達に自転車が使われることが多いフードデリバリーサービスの利用増加があるとも言われています。

この問題に対してCACは、「みちびき」の位置情報を活用して配達員の運転情報(走行状況)をモニタリングし、その情報と連動する保険システムにより危険走行を減らすことを構想しました。
このシステムでは、「みちびき」によって配達員の運転情報の収集を行い、それをブロックチェーン技術によってフードデリバリーサービス業者間で共有し、その運転情報に基づいて配達員が支払う保険料を変動させます。保険料は、配達員が危険運転をすれば上がり、安全運転をしていれば下がる仕組みです。
走行状況に応じて保険料を変動させることによって配達員のルールを守る意欲を喚起でき、危険運転の低減に寄与するとCACは考えました。

「みちびき」を利用することにしたのは、配達員の位置をGPSよりも正確かつ安定的に計測でき、モニタリングの精度を高められると考えたからです。

ブロックチェーン技術は、分散型台帳であるため組織を跨いだ情報連携システムを低コストで構築・管理することが可能であり、また耐改竄性により共有された情報の信頼性が保証されることから採用しました。予め合意したルールに基づいて契約の自動執行を行うスマートコントラクトを実現できるため保険契約の手続きを省力化できることも、今回の実証実験テーマに適していました。

実証実験のために開発したシステム

CACが「みちびき×ブロックチェーンを用いた配達員保険システム」実証実験のために開発したシステムの概要は下図のとおりです。

システムの概要図
システムの概要図

測位サービスには「みちびき」のSLASを利用しました。まず、自転車に装着した受信機で走行中の配達員の位置情報を「みちびき」から取得します。この情報はBluetooth経由で同じく自転車に装着したスマートフォンに送信され、専用のスマホアプリで位置情報の処理と判定を行います。このアプリが処理した情報を別のWebアプリが取得し、保険料を算出します。そしてこれらの情報はブロックチェーン上に保存されます。

システムを構成する2つのアプリと情報共有システム

・配達中の位置情報を取得・処理するスマホアプリ
フードデリバリーサービスの配達員が配達中に使用するアプリです。速度などを含む「みちびき」からの位置情報を基に配達ルートの選択(例.予め設定した推奨ルートを逸脱していないか)や走行中のルール違反(例.逆走等)についてリアルタイムで判定し、配達1回ごとのスコア(配達スコア)を算出する機能を備えています。

配達員用スマホアプリ画面(左から配達開始前、配達中)
配達員用スマホアプリ画面(左から配達開始前、配達中)

・保険情報確認用Webアプリ
配達員や保険会社等が使用するアプリです。各配達員が加入中の保険情報や保険グループの情報を確認できます。また、管理者向けに、保険料シミュレーションのための保険料計算機能なども備えています。

Webアプリ画面(左から保険加入状況確認画面、保険料計算画面)
Webアプリ画面(左から保険加入状況確認画面、保険料計算画面)

・ブロックチェーンによる情報共有システム
今回の実証事業では、フードデリバリーの会社間で配達員の運転情報等を共有することを想定し、ブロックチェーン技術を用いた情報共有システムを設計・実装しました。配達員は複数のフードデリバリー会社で従事する場合もあるため、業界横断的な情報連携システムが必要と考えるからです。「配達中の位置情報を取得・処理するスマホアプリ」と「保険情報確認用Webアプリ」で処理した情報は、この情報共有システムに保存されます。

本システムのブロックチェーン基盤には「Corda(コルダ)」を採用しました。フードデリバリーサービス会社がCorda上に運転情報を保存すると、その情報は保険会社にも共有されます。共有された運転情報をもとにCorda上で自動的に保険料が計算され、フードデリバリーサービス会社と保険会社の両方に共有されます。
Cordaを採用したのは、データの共有範囲を自由に設定できるからです。この特性を活かし、運転情報を共有する範囲をフードデリバリーサービス会社自身がコントロールできる仕組みになっています。必要なデータのみを共有できる秘匿性はCordaの特長のひとつであり、これは企業間取引に適した特性と言えます。

実証実験の内容

実証実験は、2021年9月から2022年3月にかけて市街地(東京都江戸川区)で実施しました。実験ルートには高い建物や細い道、自転車専用レーンがあります。

実験では、走行を開始する前に実験ルートの道路基準座標の測定と登録を行いました。
高精度で位置情報が測定できるRTK(Real Time Kinematic:リアルタイムキネマティック)測位を行い、それをもとに下記の座標と領域を設定しました。

  • 道路基準座標:自転車走行可能な領域の中心点を示す座標
  • 走行可能領域:自転車走行可能な領域
  • 拡大走行可能領域:測位中の誤差等を考慮し、走行可能領域を拡大した領域

これらは配達員のルート逸脱や逆走(反対車線走行)の有無を判定するのに必要な情報です。

実験で用いる自転車には、SLAS対応受信機とスマートフォン、モバイルバッテリーなどの実験機材を装着しています。

道路基準座標測定の様子
道路基準座標測定の様子
自転車に装着した実験機材
自転車に装着した実験機材

自転車の走行を評価するスコアは、スマホアプリで走行中の位置や速度の情報を収集し、違反した場合は100点から減点する形式で計算されます。
実験では「推奨ルート以外を走行していないか」「スピードを超過していないか」について様々な走行パターンを検証しました。
例えば、以下の画像は所定の道路を走行中に10秒以上連続して速度が30km/hを超えたために危険行為と判定され、5点減点された例です。減点項目の詳細は配達完了画面で確認することができます。これにより、次回配達時の改善・安全運転につながります。

左から走行中画面、配達画面、配達結果(スコア)画面
左から走行中画面、配達画面、配達結果(スコア)画面

その他の走行パターンの様子等は以下のみちびきWebサイトで詳しく紹介されています。

みちびきWebサイト「シーエーシー:SLASとブロックチェーンを活用した配達員保険システム」

保険料の計算

今回の実証事業では、グループ保険の形式を想定してグループ単位でグループ内の各配達員の保険料を自動的に計算するブロックチェーンのスマートコントラクト(予め設定された条件に沿って契約を自動的に執行する仕組み)を開発しました。
保険料の計算は、偏差値を用いた保険料計算方法を採っています。グループ内全員の当月の配達スコアから偏差値を算出し、基準値50から離れている割合に基本料金をかけることで保険料が算出されます。これにより、偏差値の高低に応じて保険料が変動します。つまり、推奨ルートとルールを守って配達スコアが高い水準にある配達員ほど保険料が安くなります。

実証実験の結果

本システムを用いることにより、市街地で配達員が走行した位置情報を正確(誤差1m以内)に取得でき、配達を評価するスコアが想定したパターンで計測可能なことが検証できました。
また、ブロックチェーンの仕組みにより、フードデリバリーサービス会社と保険会社を想定した両者間で、スコア等のデータが改竄できない形で共有できること、スマートコントラクトによる保険料の計算、そして計算された保険料がスコアと連動したモデルと一致することが検証できました。

課題と今後の展望

今回の実証実験では、いくつかの課題も明らかになりました。

まず、道路基準座標に関する課題です。今回は実験ルートの道路基準座標について測定と登録をCACで行いましたが、今後さらに広範囲の道路が対象になる場合にその全ての計測をCACのみで行うことは手間と時間を考慮すると現実的とは言えません。そのため、既存の電子地図データ、例えば、自動運転用の高精度地図の購入と利用等を検討していく必要があります。

次に、ルール違反判定アルゴリズムの改善です。今回の実験ルートは比較的単純なルートでしたが、実際の配達ルートは頻繫にカーブが続いたり、道路幅員が変化する等、より複雑になります。こうした複雑なルートの場合、現在の判定アルゴリズムでは誤判定されるケースがあるため、改善が必要です。

他にも、本システムをフードデリバリーサービス会社が導入する上ではシステム運営コストも課題です。本システムで配達員の自転車に装着するみちびき受信機は、配達員の配達料や保険料などのコストに比べ高額です。企業への導入のためには、このコストを上回るメリットを具体的に検討していく必要があります。例えば、走行中に得られるリアルタイムの移動データや地図データの販売によるシステム運営コストの削減や、地域の安全性向上に役立つデータの提供による社会的な貢献なども考えられるかもしれません。

CACでは今回の実証実験結果をもとに、明らかになった課題の対応について検討を進め、危険運転や事故の低減に貢献するシステムの実用化・事業化を目指して行く考えです。

ブロックチェーン技術の可能性

今回の実証実験においてCACは、複数の事業者間で情報を共有するシステムの実装にブロークチェーン技術を利用しました。ブロックチェーンと聞くと暗号資産を連想する方が多いと思いますが、ブロックチェーン技術の可能性はそれにとどまるものではないとCACは考えており、これまでも金融機関向けを中心にブロックチェーン技術の応用に努めてきました。
例えば、今回の実証実験で採用したCordaについては、外国為替取引における確認情報を共有するシステムの開発に協力し、約3ヵ月の短い開発期間でのリリースに貢献した実績があります。また、保険料の計算で利用したスマートコントラクトは、損害保険会社などとともに実証実験を行い、その実用可能性を検証してきたものです。

CACでは今後も今回の実証実験のような様々な業界や業種でのブロックチェーン技術による社会の課題解決やビジネス革新の取り組みへの支援を進めてまいります。

 

[参考資料]
都内自転車の交通事故発生状況(警視庁ホームページ)

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