実証実験レポート
メタバースにおけるコミュニケーションの信頼性をWeb3.0要素技術で担保する
近年、利用が拡大しているメタバースなどの仮想空間。そこではアバターを介することで現実世界の制約から解放され、新たなコミュニケーションの形が生まれています。そのメタバース上で何かの契約を行いたいとか、専門家による情報を得たいと思ったとき、どのように相手の信頼性を確認したらよいでしょうか。
現実世界では、訪問して対面するとか、身分証を提示するなどして互いの実在性や信頼性を確かめますが、仮想空間では信頼性を担保するための新たな手段が必要になると考えられます。そのような課題認識のもと、CACは、メタバースなどの仮想空間におけるコミュニケーションの信頼性担保を目的に、Web 3.0要素技術を活用した実証実験を2022年10月から12月にかけて大手保険会社とともに実施しました。
こちらでは、本実証実験についてレポートします。
Web3.0とメタバース
本実証実験のテーマである「Web3.0」と「メタバース」は、論者によって定義が異なるため、まずは今回の実証実験に関連する両者の概要を簡単に整理しておきます。
Web3.0
Web3.0(ウェブ・スリー。Web3とも表記)は、ブロックチェーン技術が支えるインターネット上の新たな世界観です。経済産業省が2022年5月に公表した資料では、Web3.0は「ブロックチェーンによる相互認証、データの唯一性・真正性、改ざんに対する堅牢性に支えられて、個人がデータを所有・管理し、中央集権不在で個人同士が自由につながり交流・取引する世界」としています※1。
Web3.0には、データとそのデータから生み出される価値が巨大プラットフォーマーに集中しやすい現在の状況に対するアンチテーゼという面があり、個人・法人同士が直接つながり、社会課題の解決や新たなビジネスチャンス創出につながるという期待が寄せられています。
また、Web3.0の中核技術がブロックチェーン技術です。ビットコインを実現させるために生まれたブロックチェーンは、一般には暗号資産のイメージが強いのですが、従来の集中管理型システムに比べ、改竄が極めて困難で、特定のサーバーがダウンして機能不全に陥る心配がないという特長があります。また、トークンエコノミー(代替通貨による経済圏)の構築も可能であることから、幅広い分野において応用の可能性を秘めています。
メタバース
総務省が2023年に公表した資料では、メタバースは「ユーザー間で「コミュニケーション」が可能な、インターネット等のネットワークを通じてアクセスできる、仮想的なデジタル空間」としています※2。
Web3.0とメタバースは、本来は独立した概念であり、Web3.0でなくても利用可能なメタバースは存在します。とはいえ、2022年12月にデジタル庁が公表した「Web3.0研究会報告書」では、今後メタバースがWeb3.0と接合する可能性を持ち、それがWeb3.0 の健全な発展のための一要素となり得ると指摘されています。また、同報告書では、Web3.0 とメタバースとの接合が想定される場面として、メタバースの中にトークンエコノミーや NFT (Non Fungible Token:非代替性トークン)を取り入れるケースなどがあげられています※3。
実証実験の内容
Web 3.0とメタバースが接合すると、仮想空間上でのアバターを介したコミュニケーションが一般的になることが想定されます。ただし、現在のところ、こうしたコミュニケーションにおける信頼性を担保する標準規格やネットワークは存在しておらず、各社が技術検証を開始している段階です。
こうした状況を受けて、CACは、仮想空間上のコミュニケーションにおける信頼性の担保のために、Web 3.0の中核技術であるブロックチェーン技術要素を活用する検証に取り組みました。
CACでは、Web 3.0とメタバースとが接合した世界を想定していくつかの実証実験を実施・計画しており、今回はそのひとつになります(図「今回の実証実験の位置づけ」参照)。
今回の実証実験では、金融機関の営業職員と顧客との仮想空間におけるやり取りを想定し、「本人確認」「資格証明」「価値交換」の各ユースケースについて、一連のやり取りをPC・スマホ上で検証しました。
ブロックチェーン技術要素とブロックチェーン基盤
今回の実証実験で検証を行ったブロックチェーン技術要素は次の表のとおりです。
ブロックチェーン技術要素 | 説明 |
---|---|
DID(Decentralized Identity) | 分散型ID |
VC(Verifiable Credentials) | 検証可能な資格情報 |
FT(Fungible Token) | 代替性トークン |
NFT(Non Fungible Token) | 非代替性トークン |
SBT(Soul Bound Token) | 譲渡不可能なNFT |
本実証実験で検証を行ったブロックチェーン技術要素
本実証実験では、本人確認検証のためのブロックチェーン、資格証明と価値交換検証のためのブロックチェーンの2種類を構築して検証を行いました。
ブロックチェーン基盤には、過去の開発実績から、本人確認用(DID/VC)と、資格証明・価値交換用に適した2つのブロックチェーン基盤を採用し、それらを組み合わせて構築しています。2つのブロックチェーン基盤を用いているのは、実証実験時点(2022年10月)で、DIDと3種類のトークン(FT、NFT、SBT)を全て適切にサポートできるブロックチェーン基盤が存在しないためですが、汎用性と拡張性がある基盤を選定しており、アプリケーションとしては別々のブロックチェーンネットワークを利用しているようには見えない統合された作りになっています。
3つのユースケースを検証
金融機関における営業職員と顧客とのやり取りとして、以下の3つのユースケースを想定してシステムを構築し、実証実験を実施しました。
1. 本人確認:営業職員の本人確認
顧客が仮想空間上の金融機関の店舗等を訪問した際に、応対した金融機関の営業職員の所属や実績等を顧客の求めに応じて確認できるかを検証しました。
検証では、あらかじめ金融機関と営業職員がブロックチェーン上にDID/VCを登録し、それを顧客のアプリケーションから確認できることが分かりました。また、その際に職員が本人確認情報の公開範囲を設定し、ゼロ知識証明※等を用いて必要な情報のみ公開できることを確認しました。
- ゼロ知識証明
データ保有者(Holder)の持つ機密情報を共有すること無く、検証者(Verifier)にその内容が正しいことを証明するための仕組み。
2. 資格証明:営業職員の保有資格・スキル等の証明
営業職員が保有しているキャリア実績や保有資格を証明するために、譲渡不可能な形でトークン化したSBTを発行し、それを顧客がスマホなどのアプリケーションから参照できることを確認しました。
3. 価値交換:営業職員と顧客間でトークン化したポイントや招待券等の相互受け渡し
このケースは、SNSにおける「いいね!」のような顧客と営業職員のエンゲージメントを表すトークン(FT)や、金融機関から顧客へのセミナー招待状等をトークン化(NFT)して相互に交換ができるかを検証しました。
今後の展望
今回の実証実験では、選定したブロックチェーン基盤のもとで構築したシステムとアプリケーションを用いて、意図した形で「本人確認」「資格証明」「価値交換」ができることを確認しました。この結果を受けて、CACでは、今後メタバースと連携した環境でのさらなる実証を進めることで、仮想空間におけるコミュニケーションの信頼性担保へのブロックチェーン技術活用の可能性が広がると考えています。
また、今回の実証実験は金融機関を想定した検証でしたが、顧客とのコミュニケーションやエンゲージメントは業界・業種を問わず重要であることから、この実証実験結果は幅広い業界・業種での活用が可能で、より一層の検証の機会が必要とも考えています。
CACでは今後もWeb 3.0技術の活用を推進し、将来的なメタバースとの連携にも取り組み、様々な業界や業種において、テクノロジーによる社会課題の解決やビジネス革新の取り組みへの支援を進めてまいります。
本実証実験に関するお問い合わせ
※1 経済秩序の激動期における経済産業政策の方向性(経済産業省)
※2 「Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会」中間とりまとめ(これまでの議論の整理)(総務省)
※3 Web3.0 研究会報告書~Web3.0 の健全な発展に向けて~(デジタル庁)
[参考資料]
Web3.0事業環境整備の考え方-今後のトークン経済の成熟から、Society5.0への貢献可能性まで-(経済産業省 大臣官房 Web3.0政策推進室)