養殖DXで海洋産業の新たな価値創造を目指す「ながさきBLUEエコノミー」

海がもたらす恵みの大きさは、海に囲まれた日本に暮らす人々にはあたりまえのように感じられるかもしれません。では、その恵みの持続可能性についてはどうでしょうか? その点に着目した「ブルーエコノミー」という概念が近年、世界的に関心を集めています。

CACが拠点を置く長崎県にも「ながさきBLUEエコノミー」という取り組みがあり、デジタルテクノロジーも積極的に活用されています。

こちらでは、ながさきBLUEエコノミーとCACの取り組みについてレポートします。

ブルーエコノミーとながさきBLUEエコノミー

ブルーエコノミーには、現在のところ統一的な定義はないものの、「海洋の環境保全を図りながら持続可能な経済活動を実現・振興させていくという概念」だと言えます。2012年の国連持続可能な開発会議(リオ+20)で太平洋島嶼国により提唱されたと言われており、その考えは持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)の目標14(SDGグローバル指標14: 海の豊かさを守ろう)にも関係しています。

ブルーエコノミーの対象となる経済活動の分野は、水産業、海運、観光、洋上風力発電、海水淡水化、海底地下資源などと幅広く、2015年にWWF(世界自然保護基金)が試算した全世界の経済規模は年間2.5兆米ドル(275兆円)とされ、今後も拡大すると見込まれています。

こうしたブルーエコノミーの社会的な意義や経済的な価値を背景にして、国際的な関心は年々高まっており、日本でも様々な分野での取り組みが始まっています。
長崎県の「ながさきBLUEエコノミー」もそうした取り組みの1つです。

ながさきBLUEエコノミーは、養殖DXの実現により海の生物と環境を守りながら資源を利用することで地域経済を持続的に発展させていこうとする取り組みです。長崎大学をはじめとして、長崎県内外の産官学が協力して以下3つのテーマに取り組んでいます。

テーマ 内容
Change.1『作業を変える』 生産者の作業負担を軽減する養殖技術開発
Change.2『育て方を変える』 海の生物と環境への負荷を軽減する養殖技術開発
Change.3『働き方を変える』 若者が魅力を感じる水産プラットフォームの構築

ながさきBLUEエコノミーの背景と狙い

長崎でこうした取り組みが行われている背景には、地域経済への問題意識があります。三方を海に囲まれた長崎県は、漁業資源に恵まれ、古くから水産業が盛んでした。また、養殖に適した静穏域が多くあることから、海面養殖業も盛んに営まれており、海洋漁業・養殖業の生産量は全国3位、生産額は全国2位、養殖ではブリ・クロマグロ・トラフグなどを中心に全国4位と、水産業は県内の主要な産業の1つとして長崎県の地域経済を支えてきました。

しかし、近年は、生産量・生産額の減少、従事者の高齢化や後継者不足を背景にした就業者数の減少、さらに自然被害やコストの増加、海域汚染などによる生産性の低下といった課題を抱えています。

どうすれば持続可能な水産業を実現できるのか。そうした問題意識を背景に、ながさきBLUEエコノミーでは、「とる漁業から育てる漁業」への転換をすべく、生産や販売が計画に基づいて管理される養殖業の産業化を目指しています。養殖業の産業化では、低労働力・低コスト、そして安全安心な養殖魚の安定的な生産を実現するためにAIやIoTを活用した「インテリジェント養殖」の構築を前提にしています。

産業化によって、高品質の魚の生産拡大と安定供給が可能になれば、生産者の所得向上や、水産業の担い手の確保につながるでしょう。また、高品質の魚が安定的に仕入れられるという意味で、産業化の恩恵は飲食店など地域の関連産業にも波及することが期待できます。

養殖魚の販売では海外市場へ展開することも視野に入れています。海外を目指すのは、国内の市場は限られている一方、海外では、天然資源の減少、漁獲制限、産地・育成の透明性などの観点から、天然の魚よりも「環境・安全に配慮した養殖魚」への需要が高まっているためです。

ながさきBLUEエコノミーは、JST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)の事業である「共創の場形成支援プログラム」の地域共創分野の育成型プログラムとして2021年10月に採択され、長崎大学と参画機関により取り組みを開始しました。その取り組みの成果が評価され、2023年3月には本格型プログラムへと昇格し、今後さらにその活動は加速していきます。

CACとながさきBLUEエコノミー

ながさきBLUEエコノミーには、CACも参画しています。

CACは2019年に長崎県に拠点を開設して以来、現在は長崎県内に2つの拠点を展開し、長崎市や雲仙市とも協定を締結して、長崎における地域課題の解決と地方創生に貢献していく取り組みを進めています。
また、CACは達成すべきビジョンとしてCAC Vision 2030「テクノロジーとアイデアで、社会にポジティブなインパクトを与え続ける企業グループ」を掲げており、その達成のためにAIやIoTなどの技術やデータを活用したソリューションで社会課題を解決することを目指しています。

養殖DXにより課題の克服を目指す、ながさきBLUEエコノミーは、こうしたビジョンに合致する、CACが取り組むに相応しいテーマです。

「漁業向けFintech」とPoC

CACが取り組んでいるテーマは、AIやIoTなどデジタル化された養殖場での養殖魚の資産価値の算定、そして、算定された価値を担保とした金融機関等からの資金調達の仕組み作りで、いわば「漁業向けFintech」とでもいうべきものです。

そのための実証実験(PoC)の第一弾として、長崎県長崎市牧島町の昌陽水産様の協力により、AI/スマートカメラを活用し、水中カメラでの養殖魚の体重を把握する実験を開始しています。

養殖魚は基本的にキロ単価で売買されるため、融資の際の担保としての観点と、養殖業における経営管理の観点の双方から、魚の成長度(特に体重)を「データ」として把握・管理することは大変重要なテーマです。従来は、生簀の魚を網ですくい、麻酔した後にサンプリング計測を行う、といった方法がとられており、計測とデータ化には大きな手間がかかり、さらに魚を傷つけてしまう可能性もある作業でした。

今回の実験では、水中の養殖魚を網ですくうことなく、水中カメラで撮影した動画と画像認識AIを用いることで、魚を傷つけずに体重をデータ化することが可能か実証を行い、結果、技術的には魚に触れることなく体重を推定することが十分可能であることが実証できました。

ながさきBLUEエコノミー
図:AIによる認識と魚の体重分布データ化のイメージ

今後の展望

今回の実証実験で得られたデータから養殖魚の体重分布を作成し、それに魚の市場価格や販売実績等の情報も併せて考えると、養殖魚の資産価値評価において、こうした手法の活用は十分な可能性があるとCACでは考えています。
一方で、本実験は「漁業向けFintech」実現に向けた第一歩に過ぎません。養殖業を営む方々が必要としているデータの取得や養殖業のスマート化、さらに金融機関による融資の仕組み化には、まだ多くの課題が存在しています。

ながさきBLUEエコノミーは、長崎の水産業に大きなインパクトを与えるだけではなく、日本の水産業を変えるモデルケースになる可能性も秘めています。CACでは今回の実証実験を皮切りに「漁業向けFintech」実現に向けた取り組みをさらに進め、ながさきBLUEエコノミーによる社会課題解決の活動に貢献してまいります。

[参考資料]
World Ocean Day explores blue economy and private-sector impact(The Economist)

第25回 ⻑崎都市経営戦略推進会議・会議資料(PDF)

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