デジタル化で地方創生 雲仙市のケース
CACは、デジタルテクノロジーを用いて、顧客や社会の将来に良い影響を与える、価値あるサービスと製品の開発・提供に注力しており、その一環として、地域課題の解決と地方創生にも取り組んでいます。
現在は主に長崎県内で活動しており、雲仙市との間では同市のデジタル化推進および観光振興に向けた協定を2021年7月5日付で締結、社員1名を現地に派遣し、約3年間にわたり雲仙市役所や(一社)雲仙観光局と連携しながら、市民サービスの向上やデジタル化推進の業務に従事しました。
こちらでは、長崎県の南東部、島原半島の北西部に位置する雲仙市に移住して同市のデジタル化推進に取り組んだCAC社員のミッションや具体的な活動、またそこに込められた想いについて、本人へのインタビューを通してご紹介します。
― 雲仙市着任中は、主に行政と観光局のデジタル化推進を担当しましたが、具体的にはどういったことに取り組み、どのような成果がありましたか。
中村 星斗(以下、中村): 雲仙市では「行革推進課」という、企業の情報システム部門にあたる部署の方々と一緒に、市の最上位計画(企業でいう中期経営計画)の3つの重点プロジェクトのうちのひとつ「デジタル活用プロジェクト」を立ち上げ、推進していました。このプロジェクトは、すべての市民や企業がデジタル技術の恩恵を享受し、活用することにより、住みやすく、魅力あふれるまちづくりを目指すものです。市行政の部門横断的取り組みであり、私は、職員の方々とともに全体計画の策定や各課への情報提供、計画書の策定、職員向けの研修を実施しました。
また、職員向けデジタルツールの環境整備と活用促進も担当しました。職員がノーコード開発ツールをはじめとした多様なデジタルツールを効果的に活用し、業務効率化を実現できるよう、包括的な環境整備と利用方法の調査や普及を実施しました。
ITの専門家でない方々にも理解いただけるような工夫も行いました。例えば、AI-OCRは古代の書物を解読する魔道具などとして捉え、画像生成AIでRPG風的な画像を作成し、パロディを交えながらツールの概要を伝えました。その後、職員の方々から「資料ください!」と問い合わせが殺到し、ITツール活用に弾みがつきました。2024年度はノーコード開発ツールや生成AIなどの利用も予定しており、私が東京に戻った後もデジタルツールの活用に弾みがついています。
― 雲仙市の観光団体を一本化し、持続可能な観光地経営に取り組む「雲仙観光局」には設立の準備段階から関わったそうですね。
雲仙観光局では、社団法人の立ち上げをイチからご一緒したので、デジタル領域だけでなく、組織としてのビジョンやミッション、ブランディング、マーケティング、ロゴやWebサイトの作成なども経験させていただきました。「デジタル人材なんだからSNS、Web、ネットワークやOA機器もいけるよね?」という皆さんの期待を裏切りたくないので、CAC社内のいろいろな専門家にサポートしてもらいながら業務を推進しました。
▼モバイルファーストの雲仙観光情報サイト「Find UNZEN」は内外からとても高い評価を受けています
https://www.unzen.org/
デジタルの側面でいうと、グループウェアやメールシステムの検討&導入はもちろん、PCの調達からセットアップといったキッティング作業や、スタッフへのレクチャーまで担当しました。1人情シスのようなイメージが近いですね。「クラウドとは」 「メールとチャットツールの使い分け」のようなところから丁寧に説明していきました。
雲仙市は素敵な山と海という2つの異なる観光地を保有し、日本初の国立公園(雲仙天草国立公園)があってキャンプ場や自然公園の運営をする関係上、様々なスタッフが別々の拠点で働きます。そこで、彼らが真に取り組むべき仕事に注力できるよう、完全リモートでも業務が止まらないような仕組みを作りました。これはとてもやりがいがありました。
地道な取り組みやスタッフの皆様の努力と協力の結果、それまで「クラウド」などの概念も十分に理解されておらず、紙ベース中心の現場だったものが、ベテランスタッフもSlackでコミュニケーションし、定例会はリモートで実施、アジェンダは事前にドキュメントで管理し、申請はフォームサービスで受付、IPaaS (Integration Platform as a Service)で自動的にドキュメントを作成してSlackで稟議が回るなど、デジタル化が急速に進みました。
― 雲仙市民の皆さんの課題解決に繋がる取り組みも進みましたか?
中村: 雲仙市の施策に、「Digital Club Unzen(雲仙市デジタル推進支援事業)」という取り組みがあります。
雲仙市は、首都圏に比べて先端技術に触れる機会が少ないということが大きな課題となっています。また、市の人口に関しても、多くの地方都市と同様、スキル教育の仕組みや機会、働く場所が少ないということが主な要因となり、人口の流出が起きているという現実があります。その中で市民の皆さんのデジタル活用能力が上がると、例えばリモートでの学びや仕事ができると雲仙市に住み続けながら働くことができるようになり、人口流出の抑止にも繋がります。そこで、「Digital Club Unzen」は、誰もが平等に知識や技術の向上に取り組める学習環境や設備・コミュニティの整備を実施しています。
― 具体的には、どういう事例がありますか?
中村: プログラミング、マーケティング、デザイン、デジタルなど次世代に必要になると言われている技術をオンラインで学べる講座の提供や、各公民館や地域の方が集まるコミュニティなどに実際にパソコンを配置させて頂いたり、その施設にITリテラシーが高い人を派遣して、出張相談会などを実施したりしていました。
― 現地の方々の反応はいかがですか?
中村: このようなことは今までできていなかったところなので、かなり反応が良いです。実際にオンライン講座で、育休を取られている方がリモートワークに必要なスキルを身に付けたり、自分の仕事にデジタル技術を活用する方が現れるなど、学びを通じて地域に貢献するという動きが広がっていると感じています。
実施している中で、特に出張相談会はすごく好評です。スマホの基本的な操作や、オンラインショップの開設の仕方、お客様を管理する台帳の作成についてなど、さまざまなレベルの相談に対応しています。一人ひとりに合わせた疑問に丁寧に対応することで、地域全体の学びが底上げされていると思います。
▼「Digital Club Unzen」紹介ページ
https://www.city.unzen.nagasaki.jp/kiji0036368/index.html
― 多くの課題を解決に導いてきたと思いますが、中村さん個人の原動力はどこにありますか?
中村: 原動力というわけではないですが、熱量が出たのには2つ理由があります。
1つは周りの熱量です。雲仙市で東大生のフィールドワークを実施した際に、言語化能力に優れた学生が話していた言葉を引用させてもらいます。
「東京は受動的開拓に打ってつけの場所であり、雲仙は能動的開拓の聖地。受動的開拓とは、料理店めぐり、美術館めぐり、ライブの鑑賞、展示会への参加などを意味し、体験する主体は個人の域を出ない。 一方で、雲仙は、新領域の能動的な開拓がとても盛んで個人が提供者にも享受者にもなり得る。東京では隣人にも地域にも無関心で生活が成り立ってしまうが、雲仙には隣人にも地域にも有関心になることで面白くなる生活があり自分で変化を起こしていける」
雲仙市は、そんな場所です。
もう少し具体的に言うと、人口4万人の小さな町ということもあり、農家、漁師、シェフ、機械製作、ダンサー、建築士、デザイナー、システムエンジニアなど本当に多様な人々同士でのコラボレーションが頻発します。例えばそうした人々で実施した野外イベントでは、小さなショベルカーが出動し即席で野外にステージを作りました。DIYのレベルが土地を変革するレベルなのです。
このように、自分たちの生活や人生をより楽しくしていこうとする取り組みを、雲仙ではいろいろと目にする機会があります。それに影響された部分が大きいかもしれませんね。
2つ目はそうして好きになった場所と人々が暮らせる町が、深刻な働き手不足などにより消滅してしまう可能性があるかもしれないという危機感です。
長崎県全体では5年間で約6万人も人口が減少しているとの試算があります。首都圏で暮らしていた自分が思うよりもとても深刻な現象なのだと感じました。ITの得意分野であるコストを下げるといった面で何かできることがあるのではないか、と思っていたのだと思います。
― 雲仙で活動されてきた3年間はどういったものでしたか?
中村: 雲仙に派遣される前は実家暮らしで、出身地の千葉から出たことがなかったので、あらゆるものが初めてで、新たな発見と困惑と不安が交差しつつ、それらすべてがそれまでの自身の価値観を大きくアップデートするものとなりました。
特に、自治体や地域の観光をマネジメントする社団法人で勤務させていただいたため、この社会がどのような人たちによって作られているのかが大変勉強になりました。都心部では社会が大き過ぎて、誰がこの町を維持しているのか、どういった人達が暮らしているのかが見えにくくなることがあると思います。いわば自治を過剰にアウトソースし過ぎていると感じられました。
一方、雲仙では、社会で体感するほとんどすべてのモノやサービスに人の顔が見え隠れします。口にするものであれば 「Aさんの野菜はやっぱりおいしいな」「Bさんがあの山で育てたワインも最高だ」とか、自治体のサービスであれば 「Cさんが関係者と難しい調整をしてくれたお陰で享受できてるんだな」とか…
そういった世界で生きていると、そこで暮らす人々の感覚や価値観は他と同じではなく、そこから構成される社会のOSのようなものも全然変わってくるんだなと思いました。その違いに価値を感じることもあれば、分かり合えない部分もあると思います。どちらが良いとか悪いとかそういう話ではなく、都心部と地方、それぞれ異なる基盤の上で、駆動している社会の一部を少し知ることができたというのは今後の人生において大きく作用しそうだなと思っています。
― 中村さんにとって3年間を過ごした雲仙市はどういった場所でしょうか?
中村: 私の語彙力で表現すると薄っぺらになってしまいますが、社会人生活の半分を過ごした場所で、親友や家族と呼べるような仲間もたくさんできました。そういった意味では、現在の私のアイデンティティを形成する大切な場所だと言えます。
― 新規事業開発本部での今後の活動や目標などあればお聞かせください。
中村: 部門ミッションである新規事業立ち上げについては、市場規模やカルチャーの違いなども大きく関係してくるので、雲仙での経験がすぐに新規事業に繋がるかと言われると、そうではないです。
しかし、世の中の課題を解決し、より良い社会を作るといった意味では、私が雲仙市で経験させていただいたのと同じことをすればよいのだと、自分に言い聞かせながら日々業務にあたっています。
将来的には人生のどこかのタイミングで、お世話になった雲仙市の方々も幸せになるような何かを生み出せればと思っていますが、そのためにも、まずは戻ってきたこちらの世界で、誰かの幸せに繋がるようなサービスやプロダクトを開発できればと思います。
雲仙市での約3年間の取り組みは、地元への貢献だけでなく、従事していたCAC社員にとっても大きな収穫があったと言えるようです。
なお、2021年7月に締結した協定の取り組みはいったん完了しましたが、CACと雲仙市は、同市のデジタル化推進、オープンイノベーション推進および観光振興に向けた新たな包括連携協定を2024年4月1日付で締結し、同市が目指す「デジタルを活用することにより、住みやすく、魅力あふれるまちづくり」におけるデジタル活用に引き続き取り組んでいます。